「25歳ってもっとしっかりしてると思ってた」
10代のころ想像した「25歳」は、もっと落ち着いていた。しっかりしていて、人生をわかっていて、何でも自分でできる大人のイメージがあった。
でも実際になってみたら、全然そんなことなかった。
確定申告のやり方がよくわからない。老後にいくら必要かも知らない。将来の計画は曖昧で、家計管理も完璧じゃない。「こういうことは大人になれば自然とわかるものだ」と思っていたことが、全然わかっていない。
「ちゃんとした大人」のイメージと、現実の自分のギャップが、じわじわとプレッシャーになっている。
20代が「ちゃんとした大人になれていない」と感じる理由
「大人」のイメージが現実より高すぎる
メディアやSNSが作り上げた「理想の大人」は、かなり高いハードルだ。仕事ができて、お金の管理もできて、人間関係も上手で、健康管理もして、趣味も充実している——そういう像を「普通の大人」だと思い込んでいると、自分が「ちゃんとしていない」と感じてしまう。
でもそれは「理想の大人」であって、「普通の大人」じゃない。
他人の「できている部分」だけと自分を比べている
職場の先輩が「さすが」と言われているのを見ると、「自分はまだまだだ」と感じる。
でも、その先輩も、あなたが見えていない部分で迷っていたり、知らないことがあったりする。「できている部分」だけが目に入るから、相手が「ちゃんとした大人」に見える。SNSも同じだ——投稿されるのは充実した瞬間だけで、迷っている日常は映らない。
「大人になったら自然に身につく」という誤解
確定申告・保険・年金・資産運用——誰もきちんと教えてくれないまま「知っていて当然」という空気だけがある。学校で習う機会も少なく、いざ必要になって初めて「知らなかった」と気づく。それは意欲の問題ではなく、制度的に教わる場がなかっただけだ。
「暮らし方」まで自己評価の材料にしてしまう
実家暮らしが続いていると、この感覚はさらに強く出やすい。一人暮らしをしていないことを、そのまま「自立できていない証拠」として受け取ってしまうからだ。でも自立は、住んでいる場所だけで決まるものではない。実家暮らしの20代が「自立できていない」と焦るときでは、一人暮らし以外の自立の測り方を整理している。
みんな「なんとかやっている」だけという現実
ある年上の人に「いつ大人になった感じがしましたか?」と聞いたことがある。答えは「まだなったことないかも」だった。
これは冗談でも謙遜でもなく、多くの人の正直な感覚だと思う。
外から見ると「ちゃんとしている」人も、内側では「わからないことだらけ」「なんとかやっている」状態だ。確定申告がわからなければ調べる、お金の管理ができていなければアプリを使う、将来の計画がなければ少しずつ考える——それが「大人として生きる」ということだ。
完成した状態で「大人」になるわけじゃない。なんとかやりながら、少しずつ整えていく。それが普通の大人の姿だ。
「ちゃんとした大人になれない」という焦りと向き合うには
自分に厳しくすることは悪くない。でも「ちゃんとしていない」ことを責め続けるのは、逆効果だ。
「知らない」を認められることは強さ
「確定申告のやり方がわからない」——それを認めて調べることができる人は、すでに前進している。
「ちゃんとしていない」と感じられることは、「自分の状態を客観的に見られている」ということだ。自分の何がわかっていないかがわかる人は、何がわかっていないかすら気づいていない人より、ずっと先を歩いている。
「今日より昨日より少し整える」だけでいい
「ちゃんとした大人」を目指すのではなく、「昨日より少し丁寧に生きる」を目指す。
今日、一つだけ確認したことがあれば、それで十分だ。完成形を目指さず、少しずつ整えていく。
制度・手続きは「必要になったとき調べる」でいい
確定申告・健康保険・iDeCoなど、いますぐすべてを理解しようとしなくていい。必要なタイミングで国税庁・日本年金機構・市区町村窓口といった正式な窓口に問い合わせるか、ファイナンシャルプランナーなど専門家に相談するのが確実だ。「知らないまま放置しない」という姿勢だけ持っておけば、それで十分大人として機能している。
「ちゃんとした大人」の正体は、完成した人間じゃなく、「ちゃんとしようとしている大人」だと思う。あなたがこの記事を読んでいることは、すでに「ちゃんとしようとしている」ということだ。
